「被爆医師」こと故・肥田舜太郎氏のラグナ検証





被爆77年「広島原爆の日」核兵器のない世界の実現へ祈り続く | NHK


長崎「原爆の日」77年、被爆者らが平和への祈り…市長「核兵器使用は杞憂でなく今ある危機」 : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp)



6日で広島に原子爆弾が投下されて77年となり

長崎も本日で原爆が投下されて77年となった

今回は私の個人的な回想から掲題の人物を検証してみたい



5年前の2017年3月20日

日本全国の被爆者のために奔走し続けた高名な功労者がこの世を去った



「核兵器廃絶」「命の平等」 貫いた人生―“引き継ぐ” 肥田舜太郎先生を偲ぶ会 – 全日本民医連 (min-iren.gr.jp)



その名は肥田舜太郎(ひだ・しゅんたろう)

終戦間近の広島市で軍医の職務を勤める最中に原爆の火と光をその眼で見た当事者である



肥田舜太郎 - Wikipedia



肥田医師は1917年1月1日に広島市で出生したとされる

早稲田大学付属高等学校に入学し

都内で貧困層の児童が託児所で不衛生な環境下に置かれていたことを知り

義憤心から医師となる決意を固めた来歴を持つ



その後に現在の日本大学医学部に合格し

児童の健康な成育を守るため「小児衛生研究会」を発足し

学生ながら託児所の運営を部分的に介助していたが

戦火の機運が増大し続ける時の政府から「自由主義的だ」として同活動を禁じられる



軍閥を嫌悪する感情が芽生えた肥田氏は太平洋戦争開戦後にも堂々と反戦運動に取り組み

医学に専念したいその意思を訴え続けた結果として懲罰招集を受けてしまう



しかし肥田氏は入所した予備士官学校でも学校長に自分だけ敬礼しない不屈の根性を見せ

校長が肥田氏を元医学部生であると知ると貴重な医師要員であるため軍医へ異動させた



昭和18年(1943年)に日大医学部を卒業してから1年かけて陸軍軍医学校も卒業し

陸軍少尉の職位で地元広島市の陸軍病院(現・広島赤十字病院)に赴任し疫病予防に従事した



そして1945年6月中頃に軍医中尉となり

近隣の安芸郡戸坂村(現・広島市東区戸坂)に陸軍病院の分院併設が実施され

分院造成作業部隊の責任者と主治医を兼務する日々を送る



その約50日後に肥田氏はあの歴史的な悲劇の蛮行に立ち会うこととなったのである





「当時もこんな空だったのかな」──カラー化した原爆写真がネットで反響 AIと人力で戦時中などの写真を色付ける「記憶の解凍」(1/2 ページ) - ITmedia NEWS





8月6日の午前8時15分当時─

肥田医師は戸坂村に造設された例の分院から往診で近隣の農家を訪ね

その家で心臓発作を起こしてしまった子供に注射を打とうとしていた時だった




「カッと目の前が真っ白に光った」

 強烈な爆風に正面から襲われ10メートルほど吹き飛ばされた。立ち上がり、広島市の方角を眺めると、大きなキノコ雲が見えた。「なんということだ!」。背筋が寒くなるほどの恐怖を感じ、その場に倒れ込んだ。

 陸軍病院の分院があった戸坂村には多くの被爆者が逃れてきた。「血みどろの被爆者が道路や軒先に、足の踏み場もないほど横たわっていた」。続々とやってくる患者を休む間もなく治療した。

朝日新聞の紙面から - 広島・長崎の記憶~被爆者からのメッセージ - 朝日新聞社 (asahi.com)




ここから肥田医師の自らも被爆者として苦しみながら被爆者の実相を伝える人生が始まった



肥田医師のあまりにも劇的な運命はジョーティッシュでどのように写し取られるべきか

氏の多くの経験に少しでも整合する厳しいレクティファイを自己流に試みた結果が

以下のチャートである









肥田氏の顕著な性格としては「子供と弱者に対する懸命な慈善精神」であり

大半の医師に必須となる3室に対するケートゥや火星の絡みという要件も不可欠だ

9室12室支配の木星がラグナに住んでディグバラの威力を得る配置が

自己犠牲的な奉仕の志向となって「子供」の表示体の木星で表意されるのである



肥田氏の情報を精査したところ現役時代の氏は内科医だった事実が判明した



被ばく医師・肥田舜太郎が語る福島と広島(1) - 一人ひとりが声をあげて平和を創る メールマガジン「オルタ広場」 (alter-magazine.jp)


(↑氏本人の講演を文字起こししたもので冒頭に「内科医の肥田です」と挨拶している)



外科医ではないにしても触診等で患者の身体の病的異常を認知したり

注射するのに適した血管の部位を目視で選定したりする技能が大前提で

ナヴァムシャの3室(手技)でラグナロードの火星が高揚し

逆行の土星が逆行した位置でその火星と対向する仮想の配置が

かなり強い緊張感で職務に当たる氏の姿勢を表意しており

ラーシも3室双子座にケートゥが住み水星は10室山羊座で高揚の火星とコンジャンクトする



ラーシを牡羊座ラグナでナヴァムシャが蠍座ラグナであると想定すると

どちらもラグナロードは火星で山羊座に住んで高揚のヴァルゴッタマである





火星に対してはラーシで土星がそのまま対向し

ナヴァムシャでも土星が逆行した位置で火星と対向してしまうため

本来なら医業者にあるまじき辛辣過ぎる薄情な性格を作るが

肥田氏の最大の長所は木星も牡羊座でヴァルゴッタマになる所見だ



特にナヴァムシャの木星は牡羊座が6室になり

木星が住むと勤勉で奉仕精神も備わった慈善家的性格を与えることになる



その木星が10室獅子座の逆行土星にアスペクトして

高揚並みの吉意で土星を緩和する奇跡的な配置により

本来なら悪影響の方が強い10室在住の土星に正しい目的意識を与えている



また

土星のディスポジターの太陽は11室乙女座に住んでおり

環境整備や衛生管理等の保全的役務に適した職業(≒太陽)を意味し

後年に医師としても東日本大震災後の原発問題を論評した氏の功績を示している





最も客観的に職業を指し示すダシャムシャは

3室支配の土星が逆に減衰してしまうが月から見た7室目に金星が住み

土星を高揚させる星座の支配星(金星)が月のケンドラに位置してニーチャ・バンガとなる



木星はラグナロードとなってまたもヴァルゴッタマの高威力な吉意が実り

両隣を凶星に挟まれたパーパ・カルタリであってもラグナにアスペクトバックし

常々かなり緊張感がある実務(5室)を強いられるが堅固な覚悟で対処していく様子だ



この木星(と土星)には10室乙女座から火星もアスペクトして異様なハードワークを意味する



火星自身は5室12室支配で機能的吉星となり

12室蠍座に住んだ水星と星座交換して定座並みに強くなってラーフとコンジャンクトし

医師に相応しいピリピリとメリハリある火星対水星の絡みが起こり

なおかつ7室10室支配の重要な水星は「病院」の象意がある12室で星座交換するので

おそらくは蠍座ラグナが肥田氏のダシャムシャとして確実だと言える




軍閥権力に刃向かいながら被爆するまでの金星期の経験








肥田氏の十代は五・一五事件や二・二六事件などで日本が帝政的になっていく過渡期だった



次第に物々しくなる社会で氏の当時のダシャーは金星期であり

私的な喜び事がどのようにして医業へと向かう立志へと育っていったのかは重要だ





金星は本来のラグナから見て2室7室支配で8室に住む



何か強い興味を以て没頭する(8室)時期であり

7室を支配して8室に住む吉星のため

ややもすると異性との秘めた関係という所見にもなる



しかし氏本人は勉学に勤しみ早稲田大学の付属高校に進学し

そこでも音楽や登山を好んでいたとされる



ラーシでは金星以外の配置をよく見れば分かる良い影響が起きている



まず金星のディスポジターの火星は金星をラグナにした3室目で高揚し

水星もコンジャンクトして学業と趣味に対する強い意欲を示している



この時に火星は6室を支配してコンジャンクトする水星は8室を支配し

3室山羊座で6室対8室の絡みが生じてしまいつつ

そこへ対向の9室蟹座から土星がアスペクトバックしており

「喧嘩をしない程度に周囲と距離を置く生真面目な性格」だったことが分かる



6室8室の絡みに土星が蓋をするだけでなく

逆行して8室双子座に伏在しケートゥとコンジャンクトするようにもなり

10室支配で2室に住む太陽と対向する仮想の配置から働きかけ

氏本人の行い(≒太陽/10室)に理性的な抑制を与えていたようである



従ってそうした向学心が心の内奥で生きていた氏の意識下では

「暴かれないでいる未知の問題」に段々と興味が実り

氏は出会うべくして都内の貧困層の幼児らが置かれた保護に欠けた環境を垣間見る



「金星-月期」の頃のいずれかである




金星の住む蠍座から5室目には9室支配の月が住んで有意な絡みが起こっている






金星は肥田氏のラグナのナクシャトラの「バラニー」を支配し

金星自身のナクシャトラは水星が支配する「ジェーシュタ」で

月のナクシャトラも水星が支配する「レーヴァティ」となり

水星は金星のディスポジターの火星が住む山羊座で火星とコンジャンクトし

ナクシャトラ間の絡みが「金星-月期」のダシャー上で深い相関になっている



月は本来のラグナから12室目となることも手伝ってか

肥田氏は世俗の常識に従属することをとにかく拒むようになっていく人生で

ラグナも「向こう見ずな異端児」の性格を司るバラニーであり

ディグバラでヴァルゴッタマの木星が住んでいるからこそ氏は誠実な反体制者だったようだ



善良な反骨心で自らを練磨する肥田氏の人生を方向づけたのが

若年期の主要な「金星-土星期」であり

その後に世界へ向け自らについて語ることになる被爆の体験は

土星期の次の水星期においてであり

ラーシの水星が土星と相対することから

「金星-土星期」の結果は「金星-水星期」の経験だったとも言える



「金星-土星期」は

配置上で吉意の絡みが起こらなければ相当に運気が悪影響を持つ時運とされ

肥田氏の金星と土星はラーシ・ナヴァムシャ両方でトリコーナの相関になってはいるが

土星がラーシでは10室11室支配となりナヴァムシャでは3室4室支配で機能的凶星である





従って土星の影響はそもそも凶意が優るので

ダシャー同士の絡みがあったとしても

氏にとっては自由な経験が重ねられる本望の時にはならなかったようだ



反戦反軍閥の気骨を見せながら軍医となり

陸軍入営以前からの願望だった医師の資格取得は叶えられたが

その処遇は日本陸軍から強いられたものであって

純粋な自己実現的喜びと極端な現実的理不尽とが相半ばする奮闘の青年期だったのである





ナヴァムシャでは

土星がそのままの位置から天秤座に3室目のアスペクトを起こし

10室目のアスペクトを牡牛座にも与えることで

金星にほぼ完全な一方的抑圧をもたらし続けていた所見になり

機能的にも凶星の土星は獅子座に住んでおり

即ち普遍的な社会全体を支配する太陽の象意を帯びた土星は

間違いなく鈍重愚直な日本陸軍の上官たちを指している





特にダシャムシャではその腹立たしくもどかしい心情が明示されていて

金星は最も悪辣な6室11室支配で土星も2室3室支配の機能的凶星のペアで

土星は金星のディスポジターでなおかつ不本意にも両者がケンドラの絡みになり

「金星-土星期」が終わらない内は

本音と建前とを行ったり来たりする律儀な面従腹背の日々だったことが分かる





「金星-水星期」はナヴァムシャで明確なケンドラの絡みがある配置で

ダシャムシャは一見すると絡みが無いが

水星が火星と星座交換して金星から9室目に伏在するようになり

トリコーナの相関が生まれているように配置が働く



ダシャムシャのトリコーナの絡み合いであるが

水星は星座交換で10室乙女座に伏在して高揚並みの潜在力を帯びるため

いよいよ本懐だった医師としての実務に全身全霊で取り組めた時だった



しかしその自由な経験の所有は

「金星-水星-金星期」が始まって1ヶ月と1週間ほどで不意な途絶を迎えた








言葉になどし切れないあの日のあの瞬間である



肥田氏の3室に惑星集中が生じ金星は氏にとってマラカで土星も両チャートでマラカである



肥田氏の3室(寿命)には12室()の表示体であるケートゥが住んでおり

そこに金星土星ラーフが惑星集中した配置は

説明する必要がないほどの危害が氏の生命に及ぶことを意味する



のみならず





ナヴァムシャも氏の同分割図と異様なシンクロを見せている



ラグナが同じで氏の7室(マラカ)に6室支配の火星と機能的凶星(=マラカ)の土星が住む



カルマ的な真の因縁がある場合

おそらくはこのようにラーシ・ナヴァムシャ両方で有意な相関が見られるらしい



なおかつ原爆投下時のラーシは全く奇遇なことに

アメリカ合衆国建国図とも近似した配置になっている



ラグナは同じで11室の惑星集中まで似通っている



日本は戦後の正式な独立回復時のチャートが射手座ラグナで

つまり建国図にとっての7室は惑星集中の双子座であり

マンデンの定義において7室とは「迎え撃つべき外国からの脅威」とされる



広島市への原爆投下のラーシは11室惑星集中で

即ちそれはアメリカの建国図同様に

他者への強い暴力(11室は6室から6室でその本質)を意味する



歴史的な蛮行はやはりジョーティッシュで可視化した場合に

明確な整合のあるカルマ的意志となって形になるのである



また

念のため肥田氏が被爆したダシャーの「金星-水星-金星期」を

氏のD8でも確認しておきたい



8室でダシャーの経験が完結し8室の表示体たる土星がコンジャンクションする



まさにD8の本質たる「逃れられない悲劇的経験」が如実に示されている

やはり肥田氏は1917年1月1日13時45分頃の出生で正しいようである



なおかつ肥田氏のナヴァムシャを見て気付いた所見上の示唆がある



蠍座ラグナでマラカとなる金星は「科学技術による人工物」を意味するラーフが伴っている



金星とケンドラの絡みを起こす水星は減衰していても8室11室支配でマラカに準ずる



そもそも2室は「絶命」を意味するマラカのハウス(3室から12室目)で

2室にマラカの金星が住むこと自体が極めて重い致命傷的経験を示しているし

そこに「科学と工学の粋を集めた産物」という象意のラーフがコンジャンクトするのは

即ち原子爆弾の熱波と放射線を全身に受けて未知の傷病に苦しむことを意味している

(厳密には肥田氏は原爆炸裂後の市内に進入したため火傷を負わず放射線被曝のみである)