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祖母のラグナを修正する―勘違いから明かされた私の家のルーツ





一昨日1月2日に私は母と共に伯父が暮らす隣町に墓参りに出かけていた

母方の家の墓に挨拶をするのは私も本当に久しぶりで

元旦翌日であっても一昨日ばかりは酒を飲む訳に行かず朝から支度を整えた



新年だから墓参に出向くのは当たり前だが

今年の正月は特に私自身この墓参りが特別だったからだ





私の祖母こと鹿村志も(かむら・しも)

昨年の1月2日に逝去してちょうど1年が経ったからである



*****



昨年の1月2日の朝に私の家の居間の電話が鳴り

母が驚いて電話に出ると

「鹿村さんの体調が変わってしまいました」と

祖母の入院していた病院が急な連絡をしてきた



私も母もその報せには身構えたが

しばらく様子を見ることになって

その日は電話の後も普段通りの三が日を過ごした



あっという間だった



その5日後─



私は母と姉と揃って

隣町の一日葬の葬儀場に居た



あの電話の少し後に祖母は亡くなっていたのである



喪主の伯父と私の家族以外には

祖母と伯父が暮らした実家(母の生家)のすぐ近所のお知り合いの家のご家族が

純粋な参列者だった



本当に両手で数えてしまえる人数で祖母の葬儀は終わってしまった



葬儀社の式次第のご担当者が

出棺直前になって祖母の亡骸を確かめられる最後の時なので

しっかりと祖母との別れを果たすよう促してきた



鮮やかな花々に飾られた祖母は

お世辞抜きで静かな顔つきのまま眠っているようだった



今思うと

私も母も姉も瘦せ我慢ではなしに全く悲しくなかった



100歳ちょうどを過ぎてあと2ヶ月ほどで101歳になれる頃に

祖母は惜しまれながら亡くなった



無事に100歳を迎えて天晴れなまま「うっかり」亡くなってしまった祖母を

どうして悲しむ必要があるか



「本当に本当にあなたは頑張ったねぇ」

私を含めてその場に居た皆がほとんどそう思っていたはずである



祖母が墓所に収まるまでのほんの2時間ほどの間

火葬所の待合室で喪主の伯父と我々は静かに世間話を交わしながら

喪服で過ごすには不似合いな「不思議な時間」を待ち通した



*****



あれから丸1年が経ち

独りになったまま暮らしていた伯父の顔が見られることも有意義で

久々に鹿村家の墓参を済ませてから

母が独身時代を過ごした生家を訪ね

新しく作られた祖母の位牌を受けた仏壇がある奥の間で

小一時間は私も母も伯父と会話し

ふと襖の上の長押に飾られた祖母の百歳を祝う感状を見て

私は心の中で「アッ!」と叫んでしまった







私は祖母の生年月日を一日間違えて覚えていたのである




ジョーティシャーとしてこれは大変な誤りだった



うんと前に私がラグナ検証で挙げた祖母のチャートは

つまり完全に間違っていたという外ない



それに気がついてから

私は自然なやり取りを装いながら

母と伯父に根掘り葉掘り祖母と祖父の来歴を伺ったりした



私も今では手が施せないほどの全く度し難い本物の占い馬鹿である



そしてまた

何やら尋常ではない私の家系の歴史が分かった経験にもなった



今回は果たして正しいかどうか断言できないが

祖母のラグナ検証と共に

祖母の家に外から婿入りしてきたという祖父が生まれたその家系にも触れてみたい




祖母の生い立ちを確証するラグナはどれか












現在の茨城県桜川市真壁町という酒造や宿場で栄えた田舎町に

祖母・鹿村志もは大正10年(1921年)3月20日に生まれている



祖母は三人姉妹の末の娘で

鹿村家は明治の頃から事業を営んでいた旧家だったそうだ



祖母が中学生だった頃には

親戚筋に当たる者の放蕩が祟って家財のほとんどを失っていたと聞く



24歳で結婚すべき妙齢になると

祖母は自分が嫁ぐのではなく

地場で縁が有った有力な旧家の息子を婿として宛がわれ

当時では珍しく祖母側の苗字を祖父が名乗ることになった



結婚とほぼ同時に祖母は最初の子供を身籠り

祖母の誕生日3日前の1946年3月17日に長男(伯父)を出産し

その3年7ヶ月後の1949年10月20日に長女(私の母)を出産した











祖母の夫( 私の祖父 )は祖母の地元の真壁町で中学校教師を務めた人物で

息子と娘( 伯父と母 )が中学高校に進学する頃になると

家計の都合のためか教師の職を辞して

精密機器の技師として東京の工業所へ転職したとのことだ



この祖父の出自というのが何とも曖昧で

母と伯父は私が問い質しても訳の分からない返答を聞かせるので

( レクティファイのために )大まかな出身地を把握しようとしても

伯父が「( 祖父は )どこかから連れて来られてきた息子」などと述べるのを聴き

深追いしてはならない “ 曰く ” を生まれ持った方だったのだろうと察した



その父親( つまり私の曽祖父 )が誰なのかだけを最後に問うと

これまた耳を疑う大変な人物の名前が出てきた

(それについては後に詳述してみる)





伯父のラグナの特定では

まず最も客観的なバイオロジカル・ファクトとして

妹( 私の母 )の証明となるが

蟹座ラグナの場合に

9室魚座で減衰した水星が3室にアスペクトバックし

月がラグナになった場合でも

3室と8室が星座交換しお互いの支配星が定座したようになる



更に伯父のラグナを蟹座と見なしたのは

蟹座から見た4室と9室が星座交換する所見が重要だったからだ



9室魚座を父親( 祖父 )のラグナと仮定すると

ラグナと3室や3室と10室が強くなり

明確に知的なコミュニケーションを通した職業( ≒教師 )で身を立てる所見である



魚座から4室目の双子座でラーフと火星・土星が揃ったいかめしい配置は

数学や理科を教えていた祖父の担当教科を指示しながら

その当時における電子部品や精密機械を扱う素養があったことも意味し

普段から人付き合いを好まず無口で厳格な性格だが

木星が双子座へ9室目のアスペクトを与えてもいるため

その立場上からか祖父は教養を大事にする相手にはかなり寛容な勉強家だった



(しかしながら祖父は土星がラグナにアスペクトし

火星は7室乙女座にアスペクトしてかなり威圧的な性格である)



木星は星座交換で定座以上になって8室から7室へ逆行し

7室は「環境整備・マネジメント」の才能を備えた乙女座なので

10室が7室に絡んでしかもそれは「グル」の表示体の木星であり

伯父のラグナを蟹座とすると祖父の生前の人物像がかなり客観視できることになる



伯父本人も現役時代は「家電量販店の納品・修理専門のサービスマン」が職業だった



高校で機械科に進学しモノ造りの基礎知識を経て

社会人になってからは一旦その職を辞してしまい

高校で身に着けた実学を応用させて

商販電機の整備の資格を取得した過去がある





ナヴァムシャにおいても

木星は「手を用いた技巧・パフォーマンス」の3室でヴァルゴッタマで

ディスポジターの金星は4室でシューバ・カルタリとなってアスペクトバックし

木星と金星の両方にまた火星や土星がアスペクトしてくるので

テクニカル・プラネットの象意が他者に対するサービスやマネジメントで表意される



(ラーシの金星は魚座で高揚しナヴァムシャでも水の星座に住むため

明らかに伯父がサービスマンとして人に自らの技能で仕えることを意味する)



伯父はナヴァムシャのラグナロードが12室に住んだり

月のディスポジターの火星が7室で土星とコンジャンクションしたりして

やはり仕事以外の人付き合いは不得手な方で

その性格や素質はかなり祖父と似ているようである



木星が天秤座でかなり若い度数のため

複数の分割図でヴァルゴッタマになった伯父は

物静かでとても温厚なまま独身を貫き

去年に祖母が亡くなってからは独居の高齢者となってしまった





母の太陽も8室天秤座で減衰したシューバ・カルタリ・ヨーガとなり

まるで祖父が穏やかな人間関係に甘えていたようにも見えるが

水瓶座へアスペクトバックする土星が8室にもアスペクトするため

大人しい印象とは裏腹に実際の祖父はかなり頑固な性格だったと分かる



母曰く

「世間知らずで気難しく日曜でもYシャツにスラックスでネクタイを締めていた」

そうだ



「父親」のハウスである9室には3室支配の金星がアスペクトバックし

それは9室蠍座がラグナになると7室12室支配となって

「他人からは覗けない場所( 12室 )が職場 (7室/10室の本質 )」ということになり

ディスポジターでラグナロードの火星は10室獅子座で3室支配の土星とコンジャンクトする



この場合でも祖父が学校教師だった事実を暗示できているし

10室が獅子座でそこには凶星しか住まないため

必要以上にやたらと厳しく

時に激越な乱暴さで生徒児童をビビり上がらせる鬼軍曹だったようだ



(なお女性にとっては

木星も太陽同様に父親のカーラカのように働くはずで

蠍座から5室目を支配して3室に住む木星は「教職者」の所見であり

減衰してヴァルゴッタマの木星は母本人も意味しつつ

「偏屈な教師」だった祖父を暗示していると思ってよい)





また

祖父が祖母と婚約したのは太平洋戦争終戦間近の1945年3月頃だったが

なぜ祖父が徴兵されなかったかと言えば

祖父は生まれつき胸が悪く潜在的な肺疾患の兆候を持っていたので

赤紙が来ても晴れて不合格となった過去がある



それは母を魚座ラグナとした場合にほぼ正しく説明できており

9室蠍座が祖父のラグナになると

6室も支配したラグナロードの火星が

4室( 胸部・肺臓 )支配の土星をコンジャンクトで傷つけ

のみならず4室目のアスペクト( バック )をラグナに起こし

対向した水瓶座は祖父の4室となり

4室の象意が相当に損なわれていることになる





祖父が亡くなったのは上記の年月日だが

ちょうどトランジットの火星が祖父のラグナで定座し

12室天秤座でダブルトランジットが生じて

「マラカ」の12室の象意が励起されていた



祖父の2室射手座にはケートゥがトランジットして

しっかりとマラカの所見が出来があり

そこへ高揚した土星がアスペクトしてしまい

ケートゥのディスポジターの木星は

12室で高揚した機能的凶星の土星が傷つける



祖父の死因を母と伯父に訪ねて驚いたが

祖父は肺疾患ではなく肝硬変によって亡くなったとのことだった



母のラグナロードの木星は減衰のヴァルゴッタマである



9室が祖父のラグナになると

木星は機能的にも吉星の最良な表示体だが

身体部位では肝臓を表意し

「寿命」の3室で減衰して逆に強くなると

木星が意味する器官がジワジワ疾病状態になり

加齢と共に急に寿命( 3室 )が枯れ衰えていくことを意味するらしい





同様に伯父のラーシの9室を祖父のラグナに見立てた場合でも

それは大いに有意な所見が出来ていたのが分かる



ダブルトランジットが生じた天秤座は祖父にとっての8室で

祖父のラグナロードかつ「肝臓」の表示体の木星が高揚土星に傷つけられて

それは祖父にとって根治困難な疾病を意味するハウス( 8室 )に位置する



土星は11室12室支配で最悪なマラカに当たり

乙女座に太陽がトランジットし蠍座にはちょうど火星が定座してしまい

8室がパーパ・カルタリとなって

乙女座には減衰しながらも3室8室支配で凶星化した金星がトランジットし

それが祖父にとっての7室であり即ちマラカの所見だった

(同じタイミングで乙女座を通過していた太陽も魚座から見て「傷病」の6室支配である)




*****




こうした一連の事実を踏まえ

改めて祖母を正しく写実できているラグナは

おそらく以下のようになった













まず最も正しい事実の証明の第一に

祖母が2人の姉をもつ末の娘だったことだが

祖母のラーシを双子座ラグナとすると

11室牡羊座で火星が定座し

3室獅子座から木星( 子供の表示体 )がアスペクトし

確実に祖母に兄や姉が在ったことを証明できる



定座した蟹座の月をラグナにしても

火星とコンジャンクトした金星が11室の支配星になり

金星は牡羊座から牡牛座にアスペクトバックし

やはり木星からアスペクトされるので

二重にその実在が証明される所見となる



ナヴァムシャも同様に

牡牛座ラグナであれば木星が5室からアスペクトバックし

月から見るとそれは木星が11室支配の水星にもアスペクトする配置で

古典の定義で「3室と11室の関わりは必ず兄弟姉妹の存在を意味する」とした知見に合致する

(厳密には「本人が長男長女か末の子供であることを指す」とされ祖母は末の娘である)



それから





過去の事実としてやはり客観的な結婚の時期に対するダシャー照会では

ラーシ・ナヴァムシャ両方で結婚を意味するラーフ・ケートゥ軸に絡んだ時運だった





ラーシでは

ダシャーラグナの力強い火星にラーフのディスポジターの金星がコンジャンクトし

本来のラグナから見て8室( 結婚生活 )の土星が逆行した蟹座の位置から

ラーフ・ケートゥ両方のディスポジターに10室目のアスペクトを起こす



プラティアンタルダシャーの木星は特に重要で

結婚相手そのものを指す7室を支配し

本来の位置から牡羊座にアスペクトして

しかも木星はダシャーラグナの火星から見た9室12室支配で

まさに「子供の懐妊」を暗示し

獅子座の木星・土星は本来のラグナの双子座から見て7室8室9室10室の関わり合いで

結納が即ち子供を確実に残すというお互いの家のための務めに通じている



だからこそ

双子座ラグナで土星が心的な苦慮と覚悟を強いる8室9室支配で

ダシャーラグナの牡羊座からは一層に社会的な体裁を意味する10室11室支配となる



戦時下の日本社会では自由恋愛の結婚など全くあり得ないほどであり

特に祖母の家と祖父の家( 後述 )は確実に「選ばれた家同士の結納」だったからだ





そして結婚から2ヶ月後には長男( 伯父 )の懐妊となっているべき事実関係があり

上記のダシャーを祖母のサプタムシャに照らすと

無事に妊娠を遂げている所見であると分かる





凶星のケートゥが6室に住むのは逆転的吉意であっても

「子供を残すことが最初のうちほど不本意だった」祖母の心境の吐露になっている



そのケートゥのディスポジターの金星は

アンタルダシャー( かつプラティアンタル )の水星とケンドラの絡みになり

水星とコンジャンクトした火星は定座した5室の支配星で

金星に向けて4室目のアスペクトを与えており

まさに「最初の子供の懐妊」という所見になり

なおかつ水星はケートゥから見た5室の支配星である



更に

ラグナに住んで定座のハンムサ・ヨーガの木星が

その5室に厚い吉意のアスペクトを与え

12室へと逆行することでケートゥと対向したようになり

ケートゥのディスポジターの金星にも仮想アスペクトを施している



なおも木星の働きを手伝うように

3室水瓶座で定座した土星が2室も支配した「夫婦生活」の表示体となって

5室へアスペクトしたり逆行して金星と対向した所見であり

祖母は明確に「家のために結婚の責務を果たそうとしていた」と思える様子だ





その3年後には長女である私の母を身籠るが

時期的には「金星-金星-土星期」が終盤に差し掛かった1948年の暮れ頃のはずだ





やはり伯父を妊娠した時とほぼ同じ絡みを繰り返しており

土星が2室へ逆行してまた定座する強い所見で

金星には木星が逆行位置から保護のアスペクトを与え時運を励起する



また



(伯父のアートマ・カーラカ)


(母のアートマ・カーラカ)



私のレクティファイでは

伯父も母もアートマ・カーラカのナクシャトラは

揃って「プールヴァ・パールグニー」でその支配星は金星である



祖母のサプタムシャに対するダシャー照会は

伯父の懐妊時が牡牛座のケートゥ期でディスポジターは金星で

母の懐妊時はまさにマハーダシャーが金星期に入って間もない頃だった





D7を見直すと金星のディスポジターは月で

土星も逆行して金星と対向したようになり

図らずも不思議な相関が見て取れる所見が導出できた



私の母方の家族のラグナ修正が正しかった証左になるか定かではないが

自己流の推論を集積してなかなか面白い偶然にありつけた





最後に

祖母の家が祖母の小学校卒業を前にして

財産をほとんど失ったという事実の精査をしておく





水星がラグナになった幼少期であれば

3室牡羊座と9室天秤座の軸に土星が必ずアスペクトし

それは12室も支配した水星のディスポジターである



魚座の太陽と獅子座の木星は星座交換し

2室は「家族・生家の財」であり

それが「家の外」を意味する7室と深く結びついて

水星の12室目も支配した土星から相当な凶意の影響を受ける所見となる



水星がラグナの時期は3室牡羊座がとても騒々しく派手な配置で

4室支配の金星が3室に住んで木星からアスペクトされてしまうので

祖母本人も両親や家の親戚筋( 3室 )に甘やかされて放蕩させてもらえた頃だろう

(木星が太陽と深く交わるので祖母は単純に学校生活が楽しかったとも思える)



水星からの6室目で月が定座するのでまさに「遊びたい放題」だった時期であり

幼い時分なら親やその兄弟に従うのは当たり前であって

その後に何が待ち受けているかなど子供には知る由も無かったのである




祖母と政略結婚した祖父

謙一(けんいち)の出自について




冒頭で触れた私の祖父に当たる謙一なる人物だが

私が生まれる3年以上も前に逝去してしまったので

出来る限りその来歴を実子である母や伯父から問い訪ねるしかなく

結論としてはやはり「生い立ちがよく分からない人」だった



ただ随分と興味深く疑義の残る伝聞が得られた



祖父・謙一は先に述べたとおり「婿としてやって来た」という珍しい立場で

つまり後に鹿村姓を名乗ったのであり

その旧姓は「飯村」( いいむら )と言った



「その飯村氏というのはどこに在ったどのような方か」と私が訊ねると

母の方が自分でも分かり兼ねるという怪訝な顔つきで

「飯村丈三郎 ( いいむら・じょうざぶろう ) という名士だったと父から聞いた」と

答えた



「イイムラ・ジョウザブロウ」という音のみを口頭で聞き

帰宅後に調べてみてとても俄かには信じられない人物であることが分かった



──────────



飯村 丈三郎(いいむら じょうざぶろう、1853年6月30日(嘉永6年5月24日) - 1927年(昭和2年)8月13日)は、日本の政治家、実業家、教育者。幼名は縫三郎[要出典]。
1853年(嘉永6年)5月24日[要出典]、東海道常陸国の真壁郡上妻村黒駒(旧下妻藩内、現在の茨城県下妻市黒駒)の名主の子供として誕生した。
1877年(明治10年)9月、茨城県第六大区十小区の戸長に任命される。1878年(明治11年)茨城県第三十六中学区の学区取締役兼衛生取締役に任命される。1879年(明治12年) 森隆介らと共に「同舟社」を設立。1880年(明治13年) 国会開設請願のための「筑波山の会」で中心的役割を務める。同年、茨城県会議員に初当選、2回の議長を経て明治23年衆議院議員総選挙まで務める。[要出典]
1883年(明治16年)当時の県令人見寧や川崎八右衛門に請われ、頭取として第六十二国立銀行(現在の常陽銀行)の再建を手がけ、5年程度で経営を建て直す。


──────────




簡単にその史実を拾っただけでも余りに偉大である







ネット検索すれば無数の記事が検出され

その諸々においては「近代茨城の父」とすら謳われており

茨城県の郷土史には必ず名前が挙がる近現代の偉業者の一人だ












こんな御方が私の曽祖父な訳がない






というのもそれは至極簡単な理由もあってのことで

この飯村御大が74歳で逝去するやっと7年前に祖父が生まれているというのは

いくら何でも無理があるからだ



(伯父に祖父の生年月日を訊くと「1920年9月17日」であり

占断上で不可欠な出生地は母にも伯父にも正しく伝聞されていない様子だ)



そもそも茨城県の近代の歴史に名が伝えられる方であれば

私は幼い頃からそうした遠縁の方々と知己が無ければおかしいのであって

私はもちろん母にも実姉にもそんな縁はただの一つとして皆無である



ただ一方で飯村氏の出生地は現在の「茨城県下妻市大字黒駒」とされ

祖母の生家の旧真壁郡の管轄下に含まれていた地域でもある



一千万歩ほど譲って物理的な縁故はあるとしても

その記録を探し出そうにも100年以上も昔のことで容易ではない



仮に祖父の出生地が

飯村氏と縁の深い「茨城県下妻市大字黒駒」であると想定し

祖父本人の性格や職業にも考慮しつつ

飯村氏の人間的な高潔さや偉大さを示せているラーシチャートを

以下のように思案してみた





牡羊座ラグナであれば

ラグナに住んだケートゥに獅子座の木星がアスペクトして

祖父の「一見すると大人しく素朴な教職員」という性格が表意できているし

実際に10室11室支配の土星は5室から11室にアスペクトバックし

9室を支配して二重に「グル」の表示体になった木星とコンジャンクトし

10室と木星が絡んでダーナ・ヨーガになり

中学教師としてのプライドを意気高く掲げていた祖父の志のほどが伺える



6室で水星が高揚してスーリヤ・ブッダ・ヨーガになるのも

数学を担当科目とした事実を指しているだろうし

7室支配の金星が減衰のパーパ・カルタリ・ヨーガになるのも

祖父がその気位の高さで人を差別区別してしまっていた様子を示せている



8室で定座したラグナロードの火星が減衰の月を傷つけており

座相のかなり悪いチャンドラ・マンガラ・ヨーガを作っていて

祖父の穏やかでない心の奥底を覗かせるかのようだ



祖父のラーシが牡羊座ラグナになった場合に9室は射手座になり

射手座をかの高名な飯村氏のラグナにすると

スーリヤ・ブッダ・ヨーガが7室対9室対10室で最高の絡みを繰り出す



乙女座10室で生じるダルマ・カルマ・ラージャ・ヨーガは

「あらゆる物事の本質を即座に看破する」と言える屈指の知性と実行力を指す



なおかつ6室11室支配で最悪な機能的凶星の金星は見事に10室で減衰し

太陽とコンジャンクトすることでその生涯を通じて影響するヨーガのように働く



1880年(明治13年) 国会開設請願のための「筑波山の会」で中心的役割を務める。同年、茨城県会議員に初当選、2回の議長を経て明治23年衆議院議員総選挙まで務める。[要出典]
1890年(明治23年)7月1日、茨城3区から第1回衆議院議員総選挙に当選し、その後、第2回も当選したが、第3回は出馬を取りやめ、実業界へと転じた。


27歳という若さで県議に当確し

10年後には1890年当時の日本で国会議員になるなど

途方も無く時代性を超越した立身の速さである



それは確実に機能的凶星の金星が11室支配でありながら逆に10室で減衰し

金星が生来的な吉星としてのみ働いて11室の象意が清浄化されているからだ



この疑義がかなり根深く残る鹿村家と飯村家の関係は

時間こそかかるがいつかその真相に肉薄してみたい




祖母の長寿を改めて考える






祖母の逝去時にそのダシャーは「木星-ラーフ-土星-木星-木星期」の途中だった





まさに「寿命」の3室に住んだ星同士が時運で絡む頃だったが

獅子座がラグナになると木星は8室( 慢性的な疾病 )の太陽と星座交換してしまい

獅子座から見て6室7室支配でマラカの土星が太陽・木星を傷つけることになる







祖母に対する死亡診断は「肺水腫・不整脈・心不全」だったのに対し

ラーシを双子座ラグナとした場合

ダブルトランジットは双子座から5室目に起こり

月からは4室目であり

明らかに心臓の象意や肺臓の象意に時運の励起を受けていた時で

( 上記添付画像に書き忘れたが )祖母の天秤座にはラーフが住んでいる



ラーフとは端的には「腫瘍」の象意があるが

特定部位に病的異常が起きていればそれもラーフが示す傷病の所見である



「肺に水が溜まっているとそれは肉体的な寿命の限界」と判断するらしく

ダシャーが悪意を強く帯びる時運に対し即席運も味方してくれなかったために

祖母は本当に惜しまれながら100年超の生涯を終えてしまった





祖母の超人的な長寿の秘密は

やはり3室獅子座の配置と星座交換だったと考えられる



木星は7室10室支配でマラカになるはずだが

ディスポジターで「寿命」を司る太陽と星座交換し

生来的吉星としてのポジティブな影響を太陽にもたらし

コンジャンクトした土星は

9室も支配してやはり木星から良い影響を受けるため

8室の象意が悪変しにくかったようである



また9室水瓶座に住んだ祖母のラグナロードの水星は

木星から良化する影響を受けた土星にアスペクトバックされ

太陽は木星との星座交換で3室に定座したようになって

「寿命」の象意がラグナロードとの相互アスペクトで極めて頑健な強さを得ていた



トランジットの火星や土星が3室獅子座や9室水瓶座を通る度に

祖母は若干の不調を経験していたはずだが

やはりラーシで生じた太陽・木星・土星と水星の吉祥な絡みが

それに打ち勝つという結果を繰り返せていたのである




私は貴方ほど生きられないと思いますが諦めずに学びを続けてみます




私が自分に今更ウソをついたら

ジョーティッシュを語る者としても鹿村を名乗る者としても

その名が廃ってしまうだけなのだから──



以上

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