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祖母のラグナを修正する―勘違いから明かされた私の家のルーツ





一昨日1月2日に私は母と共に伯父が暮らす隣町に墓参りに出かけていた

母方の家の墓に挨拶をするのは私も本当に久しぶりで

元旦翌日であっても一昨日ばかりは酒を飲む訳に行かず朝から支度を整えた



新年だから墓参に出向くのは当たり前だが

今年の正月は特に私自身この墓参りが特別だったからだ





私の祖母こと鹿村志も(かむら・しも)

昨年の1月2日に逝去してちょうど1年が経ったからである



*****



昨年の1月2日の朝に私の家の居間の電話が鳴り

母が驚いて電話に出ると

「鹿村さんの体調が変わってしまいました」と

祖母の入院していた病院が急な連絡をしてきた



私も母もその報せには身構えたが

しばらく様子を見ることになって

その日は電話の後も普段通りの三が日を過ごした



あっという間だった



その5日後─



私は母と姉と揃って

隣町の一日葬の葬儀場に居た



あの電話の少し後に祖母は亡くなっていたのである



喪主の伯父と私の家族以外には

祖母と伯父が暮らした実家(母の生家)のすぐ近所のお知り合いの家のご家族が

純粋な参列者だった



本当に両手で数えてしまえる人数で祖母の葬儀は終わってしまった



葬儀社の式次第のご担当者が

出棺直前になって祖母の亡骸を確かめられる最後の時なので

しっかりと祖母との別れを果たすよう促してきた



鮮やかな花々に飾られた祖母は

お世辞抜きで静かな顔つきのまま眠っているようだった



今思うと

私も母も姉も瘦せ我慢ではなしに全く悲しくなかった



100歳ちょうどを過ぎてあと2ヶ月ほどで101歳になれる頃に

祖母は惜しまれながら亡くなった



無事に100歳を迎えて天晴れなまま「うっかり」亡くなってしまった祖母を

どうして悲しむ必要があるか



「本当に本当にあなたは頑張ったねぇ」

私を含めてその場に居た皆がほとんどそう思っていたはずである



祖母が墓所に収まるまでのほんの2時間ほどの間

火葬所の待合室で喪主の伯父と我々は静かに世間話を交わしながら

喪服で過ごすには不似合いな「不思議な時間」を待ち通した



*****



あれから丸1年が経ち

独りになったまま暮らしていた伯父の顔が見られることも有意義で

久々に鹿村家の墓参を済ませてから

母が独身時代を過ごした生家を訪ね

新しく作られた祖母の位牌を受けた仏壇がある奥の間で

小一時間は私も母も伯父と会話し

ふと襖の上の長押に飾られた祖母の百歳を祝う感状を見て

私は心の中で「アッ!」と叫んでしまった







私は祖母の生年月日を一日間違えて覚えていたのである




ジョーティシャーとしてこれは大変な誤りだった



うんと前に私がラグナ検証で挙げた祖母のチャートは

つまり完全に間違っていたという外ない



それに気がついてから

私は自然なやり取りを装いながら

母と伯父に根掘り葉掘り祖母と祖父の来歴を伺ったりした



私も今では手が施せないほどの全く度し難い本物の占い馬鹿である



そしてまた

何やら尋常ではない私の家系の歴史が分かった経験にもなった



今回は果たして正しいかどうか断言できないが

祖母のラグナ検証と共に

祖母の家に外から婿入りしてきたという祖父が生まれたその家系にも触れてみたい




祖母の生い立ちを確証するラグナはどれか












現在の茨城県桜川市真壁町という酒造や宿場で栄えた田舎町に

祖母・鹿村志もは大正10年(1921年)3月20日に生まれている



祖母は三人姉妹の末の娘で

鹿村家は明治の頃から事業を営んでいた旧家だったそうだ



祖母が中学生だった頃には

親戚筋に当たる者の放蕩が祟って家財のほとんどを失っていたと聞く



24歳で結婚すべき妙齢になると

祖母は自分が嫁ぐのではなく

地場で縁が有った有力な旧家の息子を婿として宛がわれ

当時では珍しく祖母側の苗字を祖父が名乗ることになった



結婚とほぼ同時に祖母は最初の子供を身籠り

祖母の誕生日3日前の1946年3月17日に長男(伯父)を出産し

その3年7ヶ月後の1949年10月20日に長女(私の母)を出産した











祖母の夫( 私の祖父 )は祖母の地元の真壁町で中学校教師を務めた人物で

息子と娘( 伯父と母 )が中学高校に進学する頃になると

家計の都合のためか教師の職を辞して

精密機器の技師として東京の工業所へ転職したとのことだ



この祖父の出自というのが何とも曖昧で

母と伯父は私が問い質しても訳の分からない返答を聞かせるので

( レクティファイのために )大まかな出身地を把握しようとしても

伯父が「( 祖父は )どこかから連れて来られてきた息子」などと述べるのを聴き

深追いしてはならない “ 曰く ” を生まれ持った方だったのだろうと察した



その父親( つまり私の曽祖父 )が誰なのかだけを最後に問うと

これまた耳を疑う大変な人物の名前が出てきた

(それについては後に詳述してみる)





伯父のラグナの特定では

まず最も客観的なバイオロジカル・ファクトとして

妹( 私の母 )の証明となるが

蟹座ラグナの場合に

9室魚座で減衰した水星が3室にアスペクトバックし

月がラグナになった場合でも

3室と8室が星座交換しお互いの支配星が定座したようになる



更に伯父のラグナを蟹座と見なしたのは

蟹座から見た4室と9室が星座交換する所見が重要だったからだ



9室魚座を父親( 祖父 )のラグナと仮定すると

ラグナと3室や3室と10室が強くなり

明確に知的なコミュニケーションを通した職業( ≒教師 )で身を立てる所見である



魚座から4室目の双子座でラーフと火星・土星が揃ったいかめしい配置は

数学や理科を教えていた祖父の担当教科を指示しながら

その当時における電子部品や精密機械を扱う素養があったことも意味し

普段から人付き合いを好まず無口で厳格な性格だが

木星が双子座へ9室目のアスペクトを与えてもいるため

その立場上からか祖父は教養を大事にする相手にはかなり寛容な勉強家だった



(しかしながら祖父は土星がラグナにアスペクトし

火星は7室乙女座にアスペクトしてかなり威圧的な性格である)



木星は星座交換で定座以上になって8室から7室へ逆行し

7室は「環境整備・マネジメント」の才能を備えた乙女座なので

10室が7室に絡んでしかもそれは「グル」の表示体の木星であり

伯父のラグナを蟹座とすると祖父の生前の人物像がかなり客観視できることになる



伯父本人も現役時代は「家電量販店の納品・修理専門のサービスマン」が職業だった



高校で機械科に進学しモノ造りの基礎知識を経て

社会人になってからは一旦その職を辞してしまい

高校で身に着けた実学を応用させて

商販電機の整備の資格を取得した過去がある





ナヴァムシャにおいても

木星は「手を用いた技巧・パフォーマンス」の3室でヴァルゴッタマで

ディスポジターの金星は4室でシューバ・カルタリとなってアスペクトバックし

木星と金星の両方にまた火星や土星がアスペクトしてくるので

テクニカル・プラネットの象意が他者に対するサービスやマネジメントで表意される



(ラーシの金星は魚座で高揚しナヴァムシャでも水の星座に住むため

明らかに伯父がサービスマンとして人に自らの技能で仕えることを意味する)



伯父はナヴァムシャのラグナロードが12室に住んだり